「海外での臓器移植」は何が問題?「移植ツーリズム」の倫理を考える

近年、SNSなどを通じて「〇〇ちゃんに海外での心臓移植を」と寄付を呼び掛けるメッセージを目にするようになりました。

海外渡航での移植が実現して命が助かった患者さんの例もあります。特に幼い命が救われるのは本当に喜ばしいことです。

実は、この海外渡航による移植は「移植ツーリズム」と呼ばれて国際的に原則禁止されています。日本ではあまり知られていない事実です。

もちろん「病気の子どもを救いたい」という親心や善意を責めるつもりはありません!私も子どもを持つ母親として、もし同じ状況だったら迷わず同じ道を選ぶに違いありません。

しかし善意で寄付をしたり、SNSで拡散したりする前に「海外でも決して臓器が余っているわけではない」という現状を理解すべきではないかと思います。

今回は海外渡航での移植について、懸念されている問題点や海外ではどのような見解が持たれているのかをまとめました。

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「移植ツーリズム」の問題点

臓器移植はほとんどの国でドナーの重症度に合わせて順番待ち制度で成り立っています。外国に渡航して臓器移植を受けようとすると、渡航した先で順番を待っている人をその分待たせてしまうことになります。

また、高度医療が可能な移植施設や医師を外国から渡航してきた患者のために使うことで自国民が移植医療を受ける機会が減ってしまう恐れがあります。これが「移植ツーリズム」の問題点です。

移植可能な臓器はどこの国でも常に足りない状態です。移植大国と呼ばれるアメリカでさえ、待機中に亡くなってしまう患者さんが多くいます。

「移植ツーリズム」という言葉は発展途上国での臓器売買などの犯罪を指して使われることもあるそうですが、本記事ではあくまで法律に基づいた臓器移植の「倫理観の問題」を考えます。

国際移植学会の「イスタンブール宣言」

2008年の国際移植学会では、「移植が必要な患者は自国内で救う努力をすべし」という趣旨の「イスタンブール宣言」を採択。海外渡航による移植が原則として禁止になりました。

世界保健機構(WHO)も2010年5月、臓器移植のための海外渡航を原則禁止とする新しい指針を採択しました。

日本で伸び悩む移植ドナー

こういった国際的な流れを受けて、日本でも2010年7月に臓器移植法が改正されました。主な改正点は2点です。

  • 生前に本人が臓器提供の意思を表示している場合だけではなく、本人の意思が不明な場合も、家族の承諾があれば臓器提供できるように
  • 15歳未満からの脳死後の臓器提供が可能に

要件は緩和されましたが、ドナー数はいまだ伸び悩んでいます。

日本臓器移植ネットワークによると、2018年に日本国内でドナーの死後に臓器提供を受けた移植は358件(角膜移植を行うアイバンクの件数は除く)。それに対して、臓器移植希望登録者は1万人以上もいるのです。

臓器移植の分類やドナー不足に関してまとめた記事も合わせてお読みください。

子どもの心臓移植は絶望的数字

ただでさえドナーが少ない日本ですが、さらに6歳未満の小児の移植となると年間1~2例あるかないか。特に心臓は脳死ドナーからしか移植できない上、年齢によって臓器の大きさが違うため大人のドナーから子どもの患者に移植できない場合が多いのです。

海外渡航の臓器移植で「子どもの心臓移植」を目にすることが多いのも国内での小児の心臓移植はほとんど絶望的な数字だからです。

子どもの心臓疾患は重症であることが多く、航空機に乗ったり長距離を移動すること自体が命取りとなる危険性があります。その危険を冒して渡航するとしても、保険がきかない手術費や入院費、専用の航空機代、待機期間中の滞在費、術後のリハビリ代などかかる費用は2~3億円。

とても個人で補える額ではなく、SNSなどを通じて募金活動が行われているのを目にすることがあります。

受け入れは米国・カナダのみ

日本臨床倫理学会の資料によると、イスタンブール宣言が出された後、日本人の心臓移植を受け入れるのは原則アメリカとカナダの2国のみになりました。ヨーロッパ諸国やオーストラリアでは日本人を受け入れないことを決めているそうです。

アメリカとカナダでも施設ごとに前年度の移植件数の5%のみを外国人の心臓移植にあてて良いことにして制限しているそう。「お金を用意できたからすぐ海外で移植」というわけではなく、かなりハードルが高くなっています。

待機中に亡くなる米国の子どもも

移植大国のアメリカでも子どもの心臓移植は年間約350件と多くはありません。そして待機中に60~100人もの患者が亡くなっているそうです。

外国から重症の患者が来ることで待機時間が伸びて、結果的に命を落とす自国の子どもが出てくる可能性も考えなくてはなりません。

かといって、もし自分の子どもが命に関わる病気があれば、何としてでも助けたいと思うのは当然のことです。実際に海外渡航を目指しているご両親のメッセージを読むと、本当に悩みながら活動していることが伝わってきます。

ドナーの意思表示を

移植ツーリズムをめぐる倫理的な問題は賛否両論あると思います。私たちにできるのは普段から臓器移植について関心を持ち、事前に「臓器を提供するかしないか」の意思表示をしておくことです。

さらに想像したのは、もし自分の幼い子どもが脳死になった時に臓器提供をすることができるか?親としてその状況に耐えられるのか、まるで見当がつきません。

もし結論は出ないとしても、事前に考えておくことはとても大切です。免許証や保険証を裏返すと臓器提供の意思を記載する欄があります。ぜひ家族で話し合う機会を設けてみてくださいね!

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